「天満宮の始まり」  雑談


天満宮のそばで商いをさしてもらっているので少し調べてみました。

千年前に藤原氏の陰謀により九州へ左遷された、菅原道真が九州への道すがら太融寺に参って歌お詠む

 「世につれて難波の入江濁るなり、道明らけきみ世ぞ恋しさ」

難波の大将軍の森で梅を見る道真の霊を見たと言う人が現れ、豪族渡辺氏が大将軍社に道真を祭った。

軒を貸した本家の大将軍社は、いま天満宮の摂社なっている。天神の森を天満宮と呼ぶのは道真の死後に贈られた「天満大自在天神」の神号からきている.

大阪学 大谷晃一先生の書より。


大阪天満宮はいまでも元日に大将軍社に「祖」と言う借地料をお納めする習わしになっている。
        

この地で商いをして九ヶ月、人柄が良く下町とマンションそして多くの会社の有る、交通便利なこの街で楽しく商いをできる幸せをかんじます。

節分は天神さんにお参りに行こうと思います